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コンテ集巻末スペシャルインタビュー⑤【鶴巻和哉】(副監督)気になった情報まとめ

【鶴巻和哉】

・当初は3話だけでシンジとトウジたちが仲良くなる話だったが、3話のコクピット内だけで仲良くなるのはおかしいと鶴巻さんから薩川さんに話したら
「僕もそう思ってたんです」と返ってきた。そして4話が作られることになった。【562】

・8話は作品的にバラエティ(幅)を持たせるためにああいう展開にしたところが大きい。
・あるスタッフが言っていた「ただ何も考えずに作品を撮っていくと実写の場合はめちゃくちゃな方向になっていく。アニメの場合はごくごく普通な方向になっていく。意図的にハチャメチャな方向へ進んでいかないとアニメ作品はどんどん平凡なものになってしまう」
・だから8話は樋口さんの力を借りてワザとトーンを変えた作品に仕上げたという部分が大きい。【563】

・外注に出すとスケジュールはどんどん良くなるがその分『こだわり』の部分は少なくなっていく。そのため、作画も含めてキーポイントとなる回は全てガイナのラインで押さえてあるはず。【563】

・鶴巻さん曰く8話はスケジュール的にもクォリティ的にも「テレビらしくする」というところに苦労した。【563】

・綾波は最初は「クールで何事に対しても表情を変えない」という設定しかなかった。

・「同じ姿のクローンが何人もいるとか人類補完計画のキーパーソン」だとかというシーンを最初からスタッフに知らせたら、なんでもないシーンでもそういう設定を活かすために思わせぶりな
表情を取るようになってしまう。演出プランも変わってしまう。
だから、最初は綾波の設定が決まってなかったのは作品的には正解だったと思う。とのこと【564】

・16話のコンテの時には人類補完計画がどういうものなのか具体的に決まっていなかった。【564】

・16話は最終回にかけての伏線の貼り方だとかキャラクターの動かし方を決めておかなければいけない時期だったので、そういった主となる部分が決まってなかったのが重荷になりはじめてた時期だった。【564】

・16話のもう一人のシンジくんは使徒。「23話でもう一人の綾波とかが出るし後半になったらこのシーンのもう一人のシンジの正体が分かると思うんですけど」とのこと。 【564】

・16話の『もう一人のシンジが使徒』だということは決めてあったが、そうは見えないようにしようという意図で描かれている。
・理由は「使徒として出てきたシンジが上から見下ろすような存在だと『自問自答』という構図が成り立たなくなるため。そのため、『シンジと同じレベルの考え方をする者』とした。【565】

・16話の電車のシーンはシナリオ1稿だとあの場面の使徒をもっと無機的な存在、コンピュータみたいな存在で描いていた。肉の塊であるシンジの理路整然としない考え方に対して使徒が延々と喋っているような感じ。(これについてはスキゾで庵野さんが別の側面から語っている) 【565】

・使徒が複雑なコミュニケーションをするために『言葉』を知っている『依り代』が必要になる。それがシンジの自己内面だった。【565】

・20話よりも22話のコンテの方を先にやった。【565】

・20話で『シンジが溶けてしまう』というのは後で考えればすごいアイディアだと思うが、当時はピンと来ないまま違和感のあるまま作業をしていた。【565】

・鶴巻さん的には19話でシンジのドラマを盛り上げて、→20話でアレという落差みたいなのは特に狙っていない。
19話は一本で完成していて、シンジのドラマとして最終回とさえ言える話のため鶴巻さん的にはストーリー全体の中から外れる話だと思っている。【565】

・鶴巻さんは22話をやっている時にアスカがこの回で壊れるとは思っていなかった。(廃人になるとは思っていなかった)
『今まで強気だった人間が実は内面に傷を持っている」という描き方をしたが、廃人になってしまうような強いエピソードの描き方はしていない。ラストでシンジに対して拒絶と言う形でコミュニケーションを取っているのがその証拠である。(22話ビデオ版でアスカの精神崩壊シーンが大幅に追加されたのはそういうところもあるかもしれない)【566】

・22話のアスカのエピソードについてはもっと強烈なインパクトが欲しかった。(おそらく、「アスカが壊れるとしたら」という部分で)
ただ単に母親が自殺するのを見ただけでは弱いかなと思う。もっと残酷な戦慄するようなエピソードが欲しかった。例えば、『母親がアスカの弟を食ってしまう』とか『母親がアスカに心中を迫るけどアスカだけ逃げ出してしまう』とか。(後にビデオ版では後者のような「アスカは母親から心中を迫られて同意したが、その瞬間に母親から娘だと認識されなかったというシーンが追加された)【566】

・23話で綾波が死ぬことにはゴネた。理由は「3人目のレイを2人目とは違う人間としてしっかりと描かないのなら2人目のレイを殺す意味がないため」
・鶴巻さん的には3人目のレイが2人目とは違うという面をしっかりと見せたかった。『同じだけれど違う』という面を。【566】

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